2018年7月13日、『民法及び家事事件手続法の一部を改正する法律(改正相続法)』が公布されました。
今回の見直しは高齢化社会の進展などに対応するためのもので、多岐にわたる改正項目が盛り込まれましたが、その一部に『自筆証書遺言』の方式緩和、そして遺言書の保管制度の創設があります。
今回は、今までわずらわしかった遺言書の作成や保管にまつわる改正点を、詳しくご説明します。

 

 変更前の法律では、高齢者の事業承継が困難に……

【事例】

Aさんは、妻と共に機械部品製造業を営んでいましたが、妻が死亡し一人暮らしに。

父親の健康を心配した長男のB夫さんが帰郷し、Aさんと同居しながら事業を手伝っていました。

やがてAさんは、高齢化に伴って心身の衰えを感じ、家業を息子のB夫さんに承継させる決意をします。

 

遺産としては、自宅の土地建物(評価額4,300万円)、その地続きにある事務所・工場の土地建物と駐車場用土地(評価額合計5,400万円)、また、預貯金として金融機関三行の預金と郵便貯金(合計3,220万円)がありました。

Aさんは、このうち土地建物と預貯金2,000万円を長男のB夫さんに、そして預貯金1,220万円を長女のC子さんに相続させる旨の遺言書を自筆で作成することにしました。

 

 

改正前の法律では『自筆証書遺言』とは、遺言者が遺言書の財産目録を含む全文、日付および氏名を自書し、これに押印することによって成立することになっていました。

つまりAさんは、遺言の本文、日付、氏名のみならず、B夫さんとC子さんそれぞれに残す遺産の詳細な目録も、すべて自分で手書きして作成する必要があり、パソコンで作成したものなどは使用できませんでした。

書き間違えや変更したい箇所に修正液等での訂正は認められないため、法律の取決めに従った加除訂正をしなければならず、その訂正方法に不備があった部分は無効となってしまいました。

 

この厳格な現行法に基づいて、何日もかけてすべて手書きで行われた遺言書作成は、高齢で視力や手元のおぼつかないAさんにとって、非常に苦労を伴うものとなっていました。

 

全文の自筆は不要となり、高齢者にも光明が

 

このように、改正前では作成が大変だった自筆証書遺言ですが、改正後の相続法では、利便性の観点からその方式が緩和され、平成31年1月13からは自筆証書に相続財産の目録を添付する場合には、その目録については自書する必要がなくなりました(968条2項)。

よって、目録をパソコンなどで作成できることはもちろんのこと、遺言者以外の者が代筆することもでき、さらに銀行の預金通帳のコピーや不動産の登記事項証明書などを目録として添付することもできるようになったのです。

このため、もしAさんの自筆証書遺言の作成が改正相続法施行後であれば、Aさんが自筆する必要があるのは、本文の、「別紙目録1の不動産と預貯金をB夫に、別紙目録2の預貯金をC子に相続させる」という文言と日付、そして署名のみになります。

後は、パソコンやコピーでつくった別紙目録1ないし2を添付すれば、正式な遺言書は完成です。

 

ただし、施行後であっても、遺言の偽造を防止するため等、自筆によらない部分の目録の全ページに(記載がページの両面におよぶ場合には両面に)くまなく署名押印が必要です。

 

なお、目録を含む自筆証書を加除その他変更することもできますが、遺言者がその場所を指示し、これを変更した旨の付記を証書にして特にこれに署名し、その変更の場所に押印しなければなりません(968条3項)。

 

このように今回の改正によって、財産目録だけでも手書きの負担が軽減され、記載内容の不備により無効となる危険も減り、高齢者でも自筆証書遺言をしやすいようになりました。

今後、高齢化が進むなかで、自筆証書遺言の利用が増加することが見込まれます。

 

 

2020年7月10日から公的機関が遺言書を保管する新制度もスタート

 

その他、改正相続法の遺言制度に関する見直しとしては『法務局における遺言書の保管等に関する法律』が同時に公布され、公的機関(法務局)における自筆証書遺言に関わる遺言書の保管制度が創設されました。

わかりやすく言うと、法務局が『自筆証書遺言』を保管してくれる制度です。

 

 

これは遺言書の紛失などを防止し、また、遺言書の真正をめぐる紛争をできる限り抑止するため、法務局による自筆証書の遺言書を保管する制度を創設し、その効果として、家庭裁判所による遺言書の検認を要しないとするものです。

 

制度施行後は、遺言者は自ら作成した自筆証書の遺言書について、遺言者の住所地又は本籍地又は所有する不動産の所在地を管轄する『遺言書保管所』に自ら出頭して、その遺言書保管官に対して保管申請をします(4条)。

遺言書保管官は、遺言書をデータ化して画像データを遺言書保管ファイルで保管、管理します。

 

遺言者は、いつでも自ら遺言書保管所に出頭して、当該遺言書(原本)の閲覧をすることができます(6条)。

また、いつでも自ら同所に出頭して撤回書等を提出することで、上記保管の撤回をすることができます(8条)。

遺言者の相続人、受遺者等は、遺言者の死亡後、遺言書の画像情報等を用いた証明書(遺言書情報証明書)の交付請求や遺言書原本の閲覧請求をすることができます(9条)。

 

家庭裁判所による遺言書の検認が不要となるため、相続登記や遺産である預金の解約手続などが早期に行われる利点が生まれます。

改正で大きく変わるさまざまなことの一つであるこの遺言書保管制度についても、施行後の活発な利用が予想されています。

しかしながら、実際に相続が発生した際には、別途必要書類を法務局に提出しなければならなかったり、遺言書のコピーが遺産をもらえない相続人にも法務局から発送されたりしますので、作成される前に一度、専門家にご相談いただくことをお勧めします。